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愛と云うのじゃないけれど

マツコ・デラックスをして「あたし、この歌大好き!」と言わしめた昭和の名曲。




“ざんげの値打ちもない”
不世出の作詞家、阿久悠の遺した数多ある作品のうちのひとつです。
オリジナルの歌手は北原ミレイ、彼女最大のヒット曲となりました。




この曲は、ある女が色恋に溺れて転落するさまを描いたひとつの物語です。
主人公の女は、歌の始まりではまだ14歳。
恋に恋する年頃です。




マツコ・デラックスは指摘します。
「この主人公は、最初は本気じゃなかったの」




その通り、最初は好奇心から相手の男に興味を持ったんです。
“私は抱かれてみたかった”と言って。




でも結局は“抱かれてみたい”という好奇心を満たしただけでは終わらない。




人間が自分自身の行動にブレーキを掛けられなくなる瞬間って、みんなこう思うんじゃないでしょうか。
「まだ歯止めが利くから大丈夫」と。




ギャンブルでも、ドラッグでも、危険な恋愛でも。
「これにのめり込んだらもう、自分では制御出来ないかも知れない」
と考えられる人は、深みに嵌まらずに済むのです。




“愛と云うのじゃないけれど”というフレーズは曲中、何度も繰り返されます。
“愛と云うのじゃないけれど”と繰り返し自分に言い聞かせる事で、主人公は自分が転落して行く現実に見て見ぬ振りが出来るのです。




愛と云うのじゃない、なんてのは単なる誤魔化しです。
それはもう“愛”なんです。




“愛”と自覚した時点で負けだから、認めたくなんかない。
でも“自覚したら負け”なんて発想になる時点で、既に負けてるんですよ。
たとえ相手を手玉に取ってるつもりでも“手玉に取ってる優越感”を手放せない段階で、もうその相手の思うツボなんです。

 


と、ここまで書いて来て、私自身もつくづく感じます。
「恋愛って、ほんと難しいもんだなぁ」と。




難しいなら難しいなりに、ありのままをさらけ出しつつストレートにぶつかって行く方がよっぽど幸せへの近道になるのでしょうね。
誤魔化したり、物わかりのいい振りをしたりせずに。

ざんげの値打ちもない(完全版) 北原ミレイ 歌詞情報 - 歌ネット Touch
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